ぽち、なにをしている?たまと合流し、作戦を実行に移すんだ」
おれたちがやってくるのに気がついた俊冬は、ことさらおおきな声で俊春に命じた。
命じられた俊春は、まずはおれたちをみた。
その顔色は、植髮 毛囊 昨日のときとさほどかわりはない。つまり、顔色は最悪である。
いくらタフで回復力がはやいとはいえ、創作の世界にでてくるようにあっという間に傷や病が治るというわけにはいかない。
もっとも、俊春本人か俊冬が回復系の魔法とかを駆使できるんなら話は別だが。
「ぽち、はやくいけ」
俊冬は、耳のきこえぬ俊春の気をひいてから再度命じた。
俊春は、俊冬をみてからまたおれたちの方をみた。
かれの心の葛藤を目の当たりにした瞬間、俊冬にたいして怒りがわいてきた。
「承知」
その瞬間、俊春がかぎりなくちいさな声で命令を了承した。
「兼定兄さん、大丈夫。にゃんこと二人で大丈夫だから。兼定兄さんは、主計のいうことをきいてあげて」
かれは、おれの脚許にいる相棒に唐突にそう告げた。
いまのは、なにかのメッセージなんだろうか?
残念ながら、おれにはわからなかった。
それから俊春は、俊冬が演じる副長にたいして一礼して消えた。 俊春はあれだけの傷を負っていながら、誠に軍艦一隻を沈めることができるのだろうか。
いや……。
俊春ならば、沈めることはできる。
心配なのは、かれがそれをすることによって、どれだけのダメージを負うかである。
「なにをぼーっと突っ立っている?揃いも揃って、まだ寝とぼけているのか?」
副長の笑いを含んだ怒鳴り声に、はっとしてしまった。
あらためて副長をみた。
中島や伊庭のいう通り、副長である。どこからどうみても副長である。これ以上にないっていうほど新撰組の副長にして、箱館政権の陸軍奉行並の土方歳三である。
頬の傷も目立たない。
これならば、だれだってだまされてしまうだろう。
新撰組の隊士たちも、京時代からいる古参以外はわからないかもしれない。
ましてや、新撰組以外のには、「これぞ土方歳三」というふうにしかみえないだろう。
「弁天台場が孤立しかけている。助けにいくぞ。そのまえに、千代ヶ岡陣屋で添え役のと合流する。二人は、額兵隊を率いているはずだ」
大野は、を向けてから問う。
「そうであった。主計がいうには、この蝦夷に金塊があるらしい。勘吾、八郎、鉄と銀と金塊探しでもやっていろ。兼定っ!」
かれは不可思議なことをいうなり、軍服の胸ポケットからなにかを取り出した。それから、それを宙に放り投げた。
そのなにかは、キラキラと陽光を反射させつつ宙を舞う。
相棒がジャンプし、見事それを口にくわえた。
よく見ると、鍵である。
これって、本物の副長を閉じ込めている部屋の鍵ってことなのか?
「わかったよ、土方さん。あんたが戻ってくるまでに、一生喰っちゃ寝できるだけの金塊をみつけておくさ」
「歳さん、愉しみにしていてください」
蟻通と伊庭も、その鍵に気がついたようである。
二人は了承し、相棒とともに、いそいそと五稜郭内へ入っていこうと踵を返した。
そのときである。
「土方君っ!」
五稜郭内から、榎本と大鳥がでてきた。もいる。
春日は、陸軍隊の隊長を務める元幕臣である。
史実では、かれは田村を養子に迎えたとある。
が、実際のところはそんな話はでなかったらしい。
ちなみに、春日家には田村との養子縁組の話は伝えられていないという。という唐津藩士だった男である。仙台で入隊し、いまは添え役になっている。
そして立川は、安富から文を託されて終戦後に箱館から脱出しようとして失敗し、捕まってしまう。
結局、その文は沢が届けることになる。
沢と久吉には、文だけではなく市村が届けるはずだった「兼定」と、例のムダにカッコつけた写真を託すことになるだろう。
「おいおい、どうした?才助、はやく「竹殿」に乗りたいのだがな」
「わかっています」
安富はぶっきらぼうにいい、「竹殿」の手綱をひっぱった。
が、「竹殿」が後ずさりしはじめたではないか。